名古屋地方裁判所 昭和24年(ワ)279号 判決
原告 安阿彌清三
被告 松本秀雄
一、主 文
被告は原告に対し名古屋市中区廣小路通五丁目七番地宅地四十九坪五合二勺、同所七番地の二宅地六坪九合九勺、右仮使用地六十三坪二合四勺の中別紙図面<省略>(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)各点を結んだ地域上に存する工作物を收去して明渡し、且昭和二十三年十月一日以降右土地明渡済に至るまで月百七十五円六十銭の割合による金員の支拂をなせ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並担保を條件とする仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求めた。
原告訴訟代理人は請求原因として、原告は昭和二十一年一月頃から主文掲記の土地の西端の一部(当時は此の部分は被告所有地であつた)を除き賃料は月百円(昭和二十一年五月分から月百七十五円六十銭に改訂)にて被告に賃貸し、被告は本件地上の全部にバラツクを築造して染物業を営んでいた。其の後昭和二十一年十二月二十日名古屋市の復興特別都市計画に依る区劃整理の結果原告は仮使用地として本件土地の全部の交付を受け、西端の土地の使用権をも取得するに至つたので爾後本件土地の全部を賃貸することとした。而して昭和二十二年七月十七日に至り正式に契約書を取交し、本件土地の全部を期間は昭和二十一年一月十日より起算して十年とし、賃料は月百七十五円六十銭宛毎月五日迄に当月分を原告宅に持参支拂うこと、被告が右賃料の支拂を一回にても怠つたときは右期間内に拘らず催告を要せずして契約を解除せられても異議なく原告の指定に應じて六十日以内に本件土地を明渡すべき旨の約定をなした。
然るに其の後被告は昭和二十三年十月以降の賃料の支拂を爲さない中昭和二十四年四月七日本件地上の被告所有の前記家屋は火災の爲燒失して了つた。そこで原告は昭和二十四年五月六日書面及口頭を以て被告に対し右賃料不拂を理由として契約解除の意思表示をなし、右書面は翌七日被告方に到達したから遅くとも同月七日以後本件賃貸借は解除せらるに至つたものである。仮に前記賃料懈怠の場合の罰則的特約が解除の意思表示を要せずして当然自動的に契約が失効したものと解すべきものであるとすれば、被告が昭和二十三年十月分以降の賃料の支拂を怠つた事によつて本件賃貸借契約は当然失効に帰したものである。即ち右孰れの理由によるも本件賃貸借契約は消滅したものであり、且前記解除の意思表示は当然明渡の要求を包含するものであるからその後六十日以上を経過した今日、被告は当然本件土地を明渡すべきものなるに拘らず被告は不法にも燒跡の建築工事に着手するに至つた。仍て、原告はここに本件地上に存在する一切の工作物を收去して土地の明渡を求めると共に、昭和二十三年十月一日以降契約失効の日迄月百七十五円六十銭の割合に依る未拂賃料及契約失効の日以後被告は原告に対し賃料相当の損害を及ぼしているから右土地明渡済に至るまで同額の損害金の支拂を求める爲本訴を提起した旨陳述した。
被告訴訟代理人は答弁として、原告主張事実中当初本件土地の内西端の一部を除いた土地について原告主張の如き賃貸借が存したこと、右西端の一部が当時被告の所有であつたこと、被告が本件地上の全部に家屋を建築して染物業を営んでいたこと、原告主張の如き区劃整理の結果原告が本件土地の全部につき使用権を取得し賃貸土地の範囲を本件土地の全部に拡げたこと、その後原告主張の如く契約書を取交し存続期間及賃料は孰れも原告主張の如く定めたこと、本件地上の被告所有家屋が原告主張の頃火災にあつたこと、被告が右火災後本件地上に建物の築造に着手したことは孰れも之を認めるがその余の事実は之を爭う。
元來本件賃貸借契約に於ては地料の支拂は当初から半年分乃至一年分を一括して支拂うことになつていたものであり、昭和二十二年三月二十七日被告が昭和二十一年一月分から昭和二十二年三月分迄の賃料二千八百五十円を、次いで昭和二十三年八月九日、昭和二十二年四月分以降翌昭和二十三年九月分迄の賃料合計三千百六十円八十銭を支拂つたときも原告は異議なく受領していたものである。從つて、本件賃料支拂方法について原告主張の如き罰則的特約をなしたことは断じてない。仮に何等かの罰則的特約が存在したとしても右特約は前記の如き一括弁済の事実上の慣行に依つて消滅に帰していたものである。而して被告は昭和二十三年十月分以降の賃料につき原告から支拂の請求を受けたることなく請求を受ければ直に之を支拂う用意を有していたものであり、仮令請求を受けなくとも右慣行に從つて一年分位を一括して支拂う意思を有していたものである。從つて被告は履行遅滞の責を負うべきいわれがない訳である。仮に何等かの罰則的特約が有効に存在していたとしてもそれは賃料の支拂を一回でも怠るときは解除の意思表示を要せず当然賃貸借契約は失効するという趣旨のものである。而して、被告が原告のいう如く昭和二十三年十月分以降の賃料の支拂を遅滞したものとすれば本件賃貸借契約は右十月分の賃料支拂時期の経過と共に解除を要せずして当然失効したこととなる。而も、該借地権消滅後も被告が本件土地を使用していたにも拘らず原告は遅滞なく異議を述べなかつたから借地法第六條第一項に依り前契約と同一の條件をもつて更に賃貸借をなしたものと認むべきものである。此の点に関連して原告は当初罰則的特約は右被告主張の如き趣旨のものである旨主張していたが被告が右の抗弁を提出して右自白を援用するに及び、昭和二十五年三月十六日の口頭弁論期日に於て之を前記原告の第一段の請求原因記載の如く解除の意思表示を要する趣旨に訂正したが被告は原告の右自白の撤回に異議を留める。
仮に本件賃料の支拂につき原告主張の如き解除の意思表示を要する旨の罰則的特約があつたとしても、被告は原告から單に契約は失効したるに付自由に処分する旨の自力救済的通告を受けたるに止まり、未だかつて原告から契約解除の意思表示に接したことがない。仮に原告主張の如く解除の意思表示がなされたとしても、被告は前期の如く二回に亘り一年三ケ月分乃至一年六ケ月分の賃料を一括して支拂つているのみならず、敷金として金千円、原告から地租納入の爲必要であるとして要求せられたる爲賃料予納金として千三百五円四十銭の支拂を爲して居り、被告が賃料支拂の意思並能力を有すること明であるから賃料支拂の催告さえなせば原告は直ちに賃料の支拂を受け得られるものといわねばならない。然るに原告はその手続をなさず一片の支拂期日経過という事実を促え、而も被告が居住家屋の被災により困憊の極に達している時期に於て契約の解除を爲すのは不当である。のみならず原告の契約解除の根拠となすところは要するに賃料の延滞という事実に過ぎないから原告の受けた損害は單に金銭的なものなるに反し、被告は本件解除権の行使に依つて愛着の土地を去らしめられ生業の本拠をすら奪われる結果となるのである。かかる解除権の行使こそ正に「信義ニ從ヒ誠実ニ」なされたるものということを得ざる場合に該当し、又実に権利の濫用となるものといわねばならない。仮に本件解除権の行使が正当であり從つて本件賃貸借契約が有効に解除されたとしても本件土地には現に建物が存するのであるから被告は茲に原告に対し借地法第四條の規定に依つて契約の更新を請求する。然るときは本件賃貸借契約は前契約と同一の條件を以て更新せられたこととなるから右孰れの理由に依るも原告の請求は失当であるから應じ難い旨述べた。
原告訴訟代理人は右に対し、原告が昭和二十二年三月二十七日被告主張の如く一年三月分の賃料の一括支拂を受けたことは認めるが昭和二十三年八月九日に支拂を受けた分は昭和二十二年四月分から昭和二十三年八月分迄であつて被告主張の如く昭和二十二年四月分から昭和二十三年九月分迄ではない。而して、昭和二十二年三月二十七日一括して支拂を受けたのはその当時賃料が確定していなかつた爲であり、昭和二十三年八月九日一括支拂を受けたのは被告が賃料の支拂を爲さない爲己むを得ず一括受領したものに過ぎない。而も当時はインフレの進行の最もはげしい時であり、かかる時に原告が半年後或は一年後の賃料の支拂を承認すべき理由なく原告は只恩惠的に之を黙過していたに過ぎないのであつて、之によつて被告主張の如く特約が消滅すべき謂れなきこと勿論である。又本件賃料の支拂方法につき被告及原告の仮定的主張の如く一回にても怠るときは解除の意思表示を要せず自動的に契約が失効する旨の特約があつたとしても賃料の支拂義務は毎月発生している訳であるから昭和二十三年十月以降毎月五日の経過と共に契約は自動的失効し契約は更新されて來たこととなる。而して、昭和二十四年五月五日被告は同月分の賃料を支拂わないことに依り本件契約は自動的に失効し原告がなした前記五月六日附解除の意思表示(被告の所謂通告)によつて借地法第六條に所謂異議を述べたものと認めねばならないから孰れにせよ本件契約は失効に帰しているものと認むべきである。又原告が敷金として金千円、其の他に千三百五円四十銭の支拂を受けたことは之を認めるが右の千三百五円四十銭は前記の如くインフレの激化する折柄賃料が一般物價に比して極めて低廉となつた爲原被告諒解の上昭和二十三年度の地租を借主たる被告に於て負担せしめることとして之が支拂を受けたものであつて被告主張の如く賃料の予納金として受取つたものではない。而してインフレの激化する時期に於て賃料の支拂を遷延するが如きは借主の著しい不誠意でありむしろ借主の悪意又は重過失が存するものといわねばならない。のみならず被告が本件地上に築造せる建物は違法建築として愛知縣建築部長から建築中止を命ぜられているものであり、かかる建物の收去を命ずるも何等社会的不利益を來さないものと認めねばならないし、旁々前記の如き悪意又は重過失ある借主に対し建物燒失を機会に契約の解除をなすも何等不当の点なく之を以て権利の濫用と目すべきではない。この事は借主に賃料支拂の意思とその能力ある場合と然らざる場合とによつて何等の差異を生じないこと勿論である。又被告は本件契約の更新の請求をなすというも本件地上には建築半の骨組程度の工作物が存するのみで未だ独立の家屋と認むべき建物が存しないのみならず右工作物も前記の如く違法建物として建築中止を命ぜられているものであるから、被告は契約の更新をなすことを得ざるものである。爾余の被告主張事実は全部之を爭うと述べた。
被告訴訟代理人は右に対し原告が本件契約失効後の被告の本件土地の使用に対し直ちに異議を述べたとの主張事実は之を爭う。仮に原告が異議を述べたとしても当時は本件地上には火災の際屋根を抜かれた丈で尚形体を存した建物が存していたから原告は借地法第六條第二項に依り自ら土地を使用することを必要とするが其の他正当の事由がある場合でなければ異議を述べることを得ず、本件の場合に於ては右の如き正当なる事由が存しないから異議はその効力がない訳である。又本件地上に建築中の建物について原告主張の如く建築中止命令が一旦出されたことは認めるがその後被告から抗議を申込んだ爲取消されたものである。爾余の原告主張事実は之を否認すると述べた。
原告訴訟代理人は右被告主張事実は之を否認すると述べた。
<立証省略>
三、理 由
被告が原告から本件土地の内西端の一部を除いた土地を原告主張の如き賃料にて借受けていたこと、右西端の一部が当時被告の所有であつたこと、被告が本件地上の全部に家屋を建築して染物業を営んでいたこと、原告主張の如き区劃整理の結果原告が本件土地の全部につき使用権を取得し賃貸土地の範囲を本件土地の全部に廣げたこと、その後原告主張の如く契約書を取交し存続期間を十年、賃料は月百七十五円六十銭と定めたことは当事者間に爭がない。而して、成立に爭のない甲第四号証に依れば右賃貸借契約には賃料は毎月五日迄当月分を原告宅に持参支拂うこととし、一回にても之を怠りたるときは右期間内に拘らず催告を要せずして解除せられるも異議なく原告の指定に應じ六十日以内に本件土地を明渡すべき旨の特約のあつたことを認めることが出來る。被告は本件賃料は半年分乃至一年分を一括して支拂うことになつていたものである旨抗爭し証人松原しづ、被告本人松原秀雄(第一、二回)は概ね之に沿うが如き供述をしているが、右各供述は前記甲第四号証の記載に徴し直ちに措信し難く成立に爭のない乙第二乃至五号証、同第七号証に依るも右認定を左右することが出來ないから右被告主張事実を認めて前記認定をくつがえすことが出來ないものといわねばならない。被告は更に右特約は契約成立後実際に行われていた一括支拂の慣行に依つて消滅していたものである旨抗爭しているからこの点について考察して見よう。昭和二十二年三月二十七日原告が被告から昭和二十一年一月分から昭和二十二年三月分迄一年三ケ月分の賃料を一括して支拂を受けたことは当事者間に爭ないが、右は甲第四号証差入前の事であるのみならず。原告本人尋問の結果に依れば本件契約当初は本件土地につき賃料が確定的にきまらず昭和二十二年三月頃に至りはじめて賃料が確定するに至つたので一括して支拂を受くるに至つたものなる事実を認め得るから右事実あればとて前記特約が消滅するに至つたものと認めることが出來ないこと勿論である。
又成立に爭のない乙第三、四号証に原告本人尋問の結果を綜合すれば原告が昭和二十三年八月九日被告から昭和二十二年五月分から昭和二十三年八月分迄の賃料を一括して受領した事実を認めることが出來るが、当時はインフレの進行の最もはげしい時期であつたことは顕著なる事実であり、該事実に前記乙第四号証、証人西野新兵衛の証言、同証言により成立を是認すべき甲第六号証の一乃至三、原告本人尋問の結果を綜合すれば原告が右の如く賃料の一括支拂を受くるに至つたのは、被告が原告の請求に対しても之が支拂を爲さず、昭和二十三年八月九日に至り漸く之が支拂を爲したるに因るものであつて固より原告が之を承認していたものではなく、当日も被告に対し期日迄に賃料の支拂あり度き旨の希望を申述べたるところ、同年九月分のみは期日頃支拂のあつた事実を認め得るから右一括支拂の事実によつて前記特約が消滅するに至つたものと断することが出來ないものといわねばならない。前掲乙第五、七号証成立に爭のない乙第八号証によるも右認定を左右することが出來ない。尤もこの点について被告は昭和二十三年八月九日一括支拂を爲した賃料は昭和二十二年五月分から昭和二十三年九月分迄であり、同年九月分のみ別に支拂を爲したものでない旨主張し、証人松原しづの証言、被告本人尋問の結果に依れば右事実を認め得る様であるが、前記乙第四号証の記載特に同号証中九月分の領收印が他の領收印と異なる点より推察するも右各供述は措借することが出來ないから右被告主張事実を認めて前記認定をくつがえすことが出來ない。斯様に考えて來ると前記認定の特約は尚有効に存続しているものといわなければならない。
被告は更に原告は当初本件契約には被告が一回にても賃料を怠りたるときは当然自動的に失効する旨の特約ありたる旨自白していたが、後日に至り前記認定の如き契約が失効する爲には解除の意思表示を必要とする旨の特約があつた旨主張を訂正するに至つたが、被告は右自白の撤回に異議を留める旨抗爭しているから此の点について考察して見よう。
凡そ先行的(裁判上の)自白と称し得る爲には自己に不利なる事実の陳述であつて相手方が之を援用した場合なることを要し、その不利なりや否やは畢竟裁判所が弁論の全趣旨特に請求並答弁の趣旨を案じて客観的に決定すべきものである。本件の場合に於て原告が当初賃料の不拂ありたるときは当然自動的に契約が失効する旨の特約ありたる旨主張していたが、被告が右主張を援用して本件契約は右被告の賃料不拂によつて当然失効に帰したる後に於ても之が使用を継続して來つたにも拘らず、原告は異議を述べなかつたから前と同一の條件で借地権を設定したものと看做すべき旨抗弁するに至つた後、右主張を撤回して右の特約は解除の意思表示を必要とする趣旨のものなることを主張するに至つたことは記録に徴し明白な事実である。然し乍ら賃料の不拂ありたるときは契約が当然失効する旨の特約ありたる旨の主張が原告の本訴土地明渡請求の維持に対して不利なる陳述と称することが出來ないから、仮令相手方が之を援用したとしても裁判上の自白と称し得ざること前記説示に照し明であるといわねばならない。從つて原告は右主張が裁判所に依つて弁論の全趣旨として事実認定の資料に供せられることあるは格別、右主張の撤回自体は自由に之をなし得るものと認めねばならないから右主張の撤回に対する被告の異議はその理由がないものといわねばならない。
而して、被告が本件地上に建築していた建物が昭和二十四年四月七日火災に会つたこと、被告が昭和二十三年十月一日以降の賃料の支拂を爲さなかつたことは当事者間に爭なく、成立に爭のない甲第五号証の一乃至二、証人坂隆一の証言に依れば原告が被告に対し前記特約に基き昭和二十三年五月六日書面及坂隆一を介して口頭を以て右賃料不拂を理由として本件契約の解除をなす旨の意思表示をなし、右書面は翌七日被告方に到達した事実を認めることが出來る。被告は未だかつて原告から本件契約解除の意思表示を受けたることなく單に契約失効の通告を受けたるに止まる旨抗爭し、成立に爭のない甲第五号証の一の記載は一應その趣旨に沿う様であるが同号証の記載に原告本人尋問の結果を綜合すれば同号証の措辞は必ずしも適切ではないが要するに契約を解除する趣旨と見られないこともないのみならず、原告は右甲第五号証の一の外前記認定の如く坂隆一を介して口頭によつても解除の意思表示をなしているから被告の右主張は理由がないものといわねばならない。
被告は更に右契約解除は権利の濫用であるから無効であると抗弁しているから進んで此の点について檢討して見よう。被告が原告に対して敷金として金千円を差入れている事実は当事者間に爭なく、該事実に成立に爭のない乙第六号証の一、公文書なるにより成立を是認すべき同第六号証の二に、被告本人尋問の結果を綜合すれば被告が賃料の支拂能力のあつた事実並請求あれば賃料の支拂を爲す意思のあつたことは認められない訳ではないが、前段認定の如き賃料の不拂ありたるときは催告を要せずして契約の解除をなし得る旨の特約が存在し、且被告に現実に賃料支拂の懈怠ありたる以上被告に賃料支拂の意思並能力があつたとしても契約の解除をなし得ることは当然であつて、之を以て解除権の濫用と目すべきではない。被告は原告が被告の賃料不拂によつて蒙る損害は要するに金銭的なるに反し被告は解除権の行使の結果愛着の土地を去り、営業の本拠を奪わるるが如き重大なる結果を生ずるから本件契約の解除は不当であると主張しているが、その所謂金銭的損失と称するものもインフレが尚進行中であつたこと顕著である昭和二十三年十月以降に於けるそれは必ずしも軽微なるものといえないのみならず、右の如き情勢の下になされたる賃料の不拂は継続的契約関係である賃貸借契約の基礎をなす相互信頼の関係を裏切るものといわねばならないから、原告の蒙る損害は必ずしも金銭的損失に限るものと断じ去る訳にはいかないし、又被告が本件契約解除によつて愛着の土地を去り営業の本拠を奪わるる結果となつたとしても又已むを得ざる所といわねばならない(此の後の点に関し昭和十五年三月一日言渡大審院判決(民集十九巻五〇一頁)参照)。のみならず本件地上に建設中の建物は檢証の結果によれば未完成のものであり成立に爭のない甲第七号証に依れば右建築は不法建築として工事中止を命ぜられたるものなること(此の点について被告は右の建築中止命令は取消されたるものであると主張しているが何等の立証をなさないから一應右命令は尚有効に存続するものと認めねばならない)が認め得られるから社会経済的見地よりするも本件解除権の行使が不当であるとなすことが出來ない。尤も本件契約の解除は前段認定によつて明かな如く原告は昭和二十三年十月以降の賃料の不拂に対して直ちに契約の解除を爲さずして昭和二十四年四月七日原告の家屋が火災に遭難するに及んで突如として契約の解除をなすに至つたものであり、被告の困憊に乘じて返地を要求するのは不当である様であるが一般に家屋が存在する場合に土地の明渡を求めることの困難なることは自明の理であるから原告の家屋の火災遭難を機会に契約の解除をなしたのも無理からぬことであり、徳義上原告に非難すべき点があるとしても之を以て本件契約解除は権利の濫用であるとなすことが出來ないものといわねばならない。
斯様に考えてくると本件契約は有効に解除せられたるものと断定せざるを得ない。從つて本件契約は遅くとも解除の書面が被告に到達したこと前記認定により明なる昭和二十四年五月七日以降消滅に帰したものといわねばならない。
被告は更に本件地上には現に建物が存在するから被告は原告に対し、借地法第四條の規定に依つて契約の更新を請求する旨抗弁するから更に此の点について考えて見よう。
当裁判所が檢証した結果に依れば本件地上には壁もぬられず屋根瓦を伏せた程度の未だ独立の建物と称し得ざる工作物が存在するに止まる事実を認める事が出來るし、右工作物も違法建築として建築中止を命ぜられていること前段認定に依つて明である。成立に爭ない乙第九号証に依つても右認定を左右することが出來ないこと勿論である。而して借地法金四條が借地権消滅の場合に契約の更新を認めたのは建物の社会公共的性質に鑑み可及的にその保存をはかる趣旨に出でたものであることは明白であるから右認定の如き本件建物が同條に所謂建物に該当しないものといわねばならない。從つて結局本件の場合には同條所定の建物が存在しないことゝなるから被告は契約の更新を請求し得ざるものと考えなければならない。しかのみならず借地法第四條の規定は本件の如く債務不履行に依つて契約を解除せられたる場合に適用がないものと認むべきである(大正十五年十月十二日言渡大審院判決(民集五巻七二六頁)参照)から孰れにせよ被告の右抗弁も亦理由がないものといわねばならない。
而して、被告が昭和二十三年五月頃本件地上の建築工事に着手したことは当事者間に爭なく被告が右地上に工作物を有していることは前記認定の通りであり、且原告が本訴に於て土地明渡の請求をなし、本件訴状が昭和二十四年五月十三日被告に到達したことは孰れも記録に照し明であるから爾後六十日以上を経過した今日、被告は原告に対し爾余の爭点について判断する迄もなく本件土地をその地上に存する一切の工作物を收去して明渡し、且未拂の昭和二十三年十月一日以降契約解除の日たる前記昭和二十四年五月七日迄の延滞賃金及右解除の日以後被告は原告に対し賃料相当の損害を加えているから同日以後土地明渡済迄同額の損害金を支拂うべき義務があるものといわねばならない。仍つて原告の請求は正当であるから之を許容し、尚原告が仮執行の宣言を求めている部分については之を付しないのが相当であると認めたから之を付しないこととし、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用し主文の如く判決する。
(裁判官 奥村義雄)